インターネットってね!(第6回)
第1回  第2回 第3回 第4回 第5回 / 
内田啓太郎
北海道教育大学函館校専任講師
社会学者


ま と め

 今回のこのコラムでは,前回のコラムの続きを書きつつ,全体のまとめを書いてみようと思います.
 前回のコラムでは,障害者は「保護されるもの」である,と書きました.今ではそういう考えがだんだん古いものとされているようですが,それでも,いわゆる「健常者」たちにとっては,そうとらえる存在が障害者であることに変わりがないのが現状でしょう.
 この考え方は高齢者に対してもそれほど違わないのではないでしょうか.
 このような考え方を変えるには,障害者や高齢者が,今以上に社会へ参加し,健常者と変わりなくコミュニケーションを行うことが必須だと考えています.そういう意味では,インターネットはコミュニケーションの「道具」として果たす役割は障害者であれ,高齢者であれ,さほど変わらないものでしょう.
 大阪に「プロップ・ステーション」というNPOがあります.ここでは障害者たちにインターネットという「道具」を持ってもらうことで,在宅ワーカとして,社会参加への道を開こうと活動しています.
 同団体のウェブ・サイト(http://www.prop.or.jp/)にある紹介文では次のことが書かれています.「challenged(チャレンジド)というのは『障害を持つ人』を表す新しい米語『the chal-lenged』を語源とし、障害をマイナスとのみ捉えるのでなく、障害を持つゆえに体験する様々な事象を自分自身のため、あるいは社会のためポジティブに生かして行こう、という想いを込め、プロップが提唱している呼称です。」
このような意識をもつことは非常に意義のあることだと思います.そして,この意識を現実の力に変えることができるのが,インターネットやコンピュータのもつ「道具」としての価値であります.なぜならば,インターネットやコンピュータといったメディアはコミュニケーションにおいて,ハンディとされる身体的な問題を解決してくれるからです.
 ではここで視点を変えて,社会福祉に携わる者として,このインターネットという新しいメディアとどうつきあっていけばよいのか.この問題について考えてみます.
 ひとつには,組織の運営や活動の効率化のためにインターネットを活用する,という面があります.ただし,これは社会福祉であっても,一般の企業活動であっても,組織運営や活動の効率化という点では実質的な論点は同じであるので,このコラムでは扱いません.
 ふたつめの面―これがより重要なのですが―は,高齢者や障害者といった社会福祉の対象者となる人びとにインターネットをどう利用してもらうのか,もしくはそのために必要な環境をどう整備していくか,ということです.
 これは単純ではない問題です.たとえば,考えつくだけでも,コンピュータの操作をどうやって習熟するのか,ハードやソフトのトラブルに誰が対処するのか,はたまた,インターネットへアクセスするコストをどう負担していくか,など,多くの問題に直面することでしょう.
 このコラムを読む方々には実際に社会福祉の現場で活躍されている方がほとんどだと思います.ですので,「現場で解決すべき問題は他にもあるのでは?」「そういった問題はわれわれが取り組む範疇ではないよ!」といった声が聞こえてきそうです.
 しかしながら,社会全体が情報化への道をひたすら歩みつづけ,「IT社会」「ネット社会」といった言葉で表されるような新しい社会が訪れようとしています.この流れに逆らうことはほぼ無理でしょう.
 したがって,これからの社会福祉を考えていくうえで,社会の情報化という流れに対処せざるを得ないのです.しかし,この問題に対して社会福祉に携わる皆さんだけが取り組めばよい,という問題でもないでしょう.そこでは,数多くあるNPOや情報ボランティたちや,私のような研究者であっても取り組むことができるのだろうと考えています.
 これは私自身の思いでもあるのですが,単純に高齢者や障害者がインターネットやコンピュータと出会って,生活がどう変化したのか,このことについて考えていくことはもちろん大切なのですが,それと同じぐらい,そういう高齢者や障害者たちをどうやってサポートしていけばよいのか.このことについても考えていくことが大切だと考えています.




インターネットってね!(第5回)
第1回  第2回 第3回 第4回 

高齢者・障害者とインターネット(3)



内田啓太郎
北海道教育大学函館校専任講師
社会学者

前回のコラムでは高齢者とインターネットの関係について書きました。そこで一番主張した点は「誰かとコミュニケーションする道具」としてインターネットが役立つ、ということでした。
では、障害者にとってはどう役立つの?」というのが今回のテーマです。これは私自身の感覚なのですが、「誰かとコミュニケーションすること」は障害者にとって、高齢者以上に必要なのではないでしょうか。最近ではそうでもなくなりつつあるのかもしれませんが、社会にとって障害者は「保護されるもの」であります。これは聞こえは良さそうに思えるのですが、その背景には−あえて乱暴な言い方をするのなら−「保護してあげるから、別に深く社会と関わらなくていいよ」といった考えがあると思います。
だからこそ、それへの反省として、「ノーマライゼーション」や「バリアフリー」といった考え方が市民権を得つつあるのでしょう。つまり、「障害者も健常者と変わりなく社会に参加したい」、そして、「そのためにはどうすればいいのか」ということを社会全体で考え始めたということなのでしょう。
ここで「誰かとコミュニケーションする」ということが重要になってきます。私の専門である社会学では、社会とは人と人の関係(これを社会関係とよびます)が複雑にからみあったネットワークである、としています。さらに、この人と人の関係はコミュニケーションによって絶えず作り変えられ、維持されてもいるわけです。
言い換えるならば、「社会に参加する、関わる」とは自分以外の誰かと−相手が健常者であれ障害者であれ−コミュニケーションし続けることなのです。ただし、ここでは「コミュニケーション」という言葉を単に「誰かとおしゃべりする」といった類の意味だけにとどめておかず、もう少し幅広くとらえます。というのも、人の生活が自分以外の誰かとの関わりのなかで営まれる以上、そこにコミュニケーションが発生しないわけはないからです。仮に「晩ごはんを食べる」という生活の一場面を考えてみても、そこには、献立を家族と相談する、食材を買うために店の人とやりとりする、そして、家族と話をしながら食べる、といった具合に各所でコミュニケーションが発生しています。
あたりまえと言ってしまえばそれまでなのですが、このあたりまえのことすら、障害者にとってはなかなか実現できていなかったのです。それは「保護されるもの」としての障害者にとって生活の中で関わる人たちが、ごくわずかに限られていたからでしょう。つまり、コミュニケーションはあってもバラエティに富むものではなかったのです。

 
 ここで、コミュニケーションの道具であるインターネットの出番なのですが、それは次回に書きたいと思います。(続く)



インターネットってね!(第4回)
第1回  第2回 第3回 
高齢者・障害者とインターネット(2)

内田啓太郎
北海道教育大学函館校専任講師
社会学者


 前回のコラムでは,高齢者や障害者がインターネットを利用すると,どのように便利なのかについて書きました.そこでは「コミュニケーション」をキーワードにして少々論理的に書きましたので,今回は実践編といきます.

 高齢者や障害者にとって,インターネットはコミュニケーションの機会や幅をひろげてくれる便利な「道具」なのですが,この「道具」に慣れ親しむには一筋縄では行きません.これは何も高齢者,障害者だからという問題ではなさそうです.なぜなら私は職業柄,学生向けにパソコンやインターネットの使い方を教えているわけですが,若い彼,彼女たちであってもすぐに慣れ親しむとはいかず,それなりの時間と労力を要します.

 ですから,高齢者や障害者にとってもパソコンやインターネットについて学ぶ場が必要となります.最近では業者が開くパソコン教室も増えてきましたが,ここではNPO,ボランティアとしての活動という視点から,ふたつの例を挙げていきます.それらは高齢者向けなのですが,高齢者が高齢者をサポートするという点に着目しています(もちろん完全にサポートするのは難しいので若い人たちも参加しています).

 「金曜サロン」(ウェブ・サイトのURLは http: //www. senior. gr. jp/)は京都市にて活動を行っている団体です.1995年に設立されました.同団体のウェブ・サイトに掲げられている挨拶文には「パソコンやインターネットができたらこれまでにない楽しみを味わうことができます。沢山の友達ができます。生活が潤います。もちろん便利でもあります。ぜひパソコンに挑戦してみてください。」とあります.

 また,「コンピューターおばあちゃんの会」(ウェブ・サイトのURLは http: // www. jijibaba. com/)東京にて活動している団体ですが,ここのウェブ・サイトにも「会話は高齢者にとって生きる為の栄養素となります。朝起きてパソコンの蓋を開けると何通もの他愛無いメールが入っていたら・・・何やらさわさわと人っ気を感じほっとします。」という紹介文があります.

 どちらの団体も高齢者を対象にパソコンの初歩から始めて,最終的にインターネットの利用が可能になるよう,教室や講習会を開いています.そしてその目的は,それぞれの挨拶文や紹介文からみてとれるように「誰かとコミュニケーションすること」にあります.

 前回このコラムで書きましたが,人間らしく生きるために他者とのコミュニケーションが必要であっても,現代の都市社会ではそれが難しくなっています.しかし,インターネットという「道具」がそれを可能にすることを,すでに気づいている高齢者が大勢いるのです.

 さらにこのような活動が,ある種,サロンのような役割を果たし,そこで人と人との結びつきが新たに形作られてきていることも見逃せません.

 インターネットは「道具」として慣れ親しむまでが大変ですが,一度慣れ親しんでしまえば,この「道具」は限りないコミュニケーションの世界をもたらしてくれるのではないか,そう私は考えています.

 
 次回は,今回は触れなかった障害者とインターネットの関係について書いていきます.(続く)



インターネットってね!(第3回)

はじめに

 函館では1月にも大雪が降り,とくにクルマの移動が難儀します.先日,とうとう吹き溜まりにクルマがはまってしまい,JAFを呼ぶはめになってしまいました.スコップとタイヤ・チェーンは必需品だと実感しております.
高齢者・障害者とインターネット(1)

 高齢者や障害者にとってインターネットがどのように役立つのか.今回と次回の本コラムではこのことについて書くつもりです.今回はまず少々理論的な内容でいきましょう.


 人間が人間らしい生活をおくるうえで,他者とのコミュニケーションは必要不可欠なものであり,これは年齢,障害の有無を問わず異論のないところだと思いますし,また,コミュニケーションの道具としてメディアが必要であるところもまた然りだと思います.

 カナダの英文学者,マーシャル・マクルーハンは「メディアは人間の身体を拡張させる」ことを示し,メディア論の考え方に大きな影響を与えました.ここでは「身体の拡張?」と思われる読者の方もいらっしゃると思うので,若干説明します.

 たとえば,テレビというメディアはそれによって地球の裏側の出来事を瞬時に知る(観る)ことが可能だ,という特長があります.これは,テレビがなければその出来事を知る(観る)ことが不可能だという点で,あたかも自分の「目」が地球の裏側まで拡張されたのと同じことだといえないでしょうか.おなじく電話やラジオは遠く離れた場所の音を聴くことが可能なので「耳」が拡張された,といえるのです.

 では,インターネットはどうでしょう.インターネットは情報を受発信できるのみならずコミュニケーションの道具としても便利です.インターネットによって遠く離れた場所にいる人と時間を気にせずにコミュニケーションが可能になる,ということは自分の「目」「耳」「口」や「足」が拡張された,といえないでしょうか.

 この「メディアによる身体の拡張」は表現を変えると「身体の不足を補う」ともいえます.つまり,高齢者や障害者が若年者や健常者に比べてコミュニケーションの質はともかく,量において劣るのは,後者に比べて身体の機能が衰えていることにあり,身体(の機能)の不足を補うメディアは高齢者や障害者にとっても大きな恩恵をもたらすはずです.

 身体の機能が衰えている,あるいは不足している高齢者,障害者にとってインターネットはコミュニケーションの機会を増やしてくれるメディアであり,ここがインターネットが「役立つ」と私が考えている理由なのです.
 

 次回は,高齢者や障害者が実際にインターネットを利用し,コミュニケーションの幅を広げていることについてさらに書いていきます.(続く)



インターネットってね!(第2回)


はじめに

 いよいよ本格的な冬到来です.函館では先日大雪があり,歩道を歩くのも難儀しております.さて,今冬は何回コケることやら. 
道具としてのインターネット

 前回,このコラムにて「インターネットを道具として使おう」と書きました.また,実際にインターネットの便利さを実感されている方も多いことだと思います.今回は「道具としてのインターネット」というテーマで少々抽象的なのですが,「なぜ道具として便利なのか」について考えていきたいと思います.  

 学問的にいえばインターネットはメディア,もう少し詳しくいえば,地球規模で情報の受発信およびコミュニケーションが可能なメディア,ということになります.するとメディアって何だ?という疑問が生じるわけですが,いま書いたように情報の受発信およびコミュニケーションのための「道具」がメディアである,としておきます.

 それでは情報の受発信の「道具」としての便利さを考えていきましょう.インターネット上には数多くの情報が公開されています.例えば,厚生省のホームページ(http://www.mhw.go.jp/)にアクセスすると,今年度発行の厚生白書の概要や厚生省で行っている統計調査の結果が「クリックひとつ」で閲覧することができます.もちろん自分が使っているパソコンにダウンロードする(保存する)こともできます. ここ数年官公庁や地方自治体などの情報公開が進み,それがインターネットを通じて公開され,仕事の上で必要な情報をすぐに手に入れることができるようになりました.昔ならば情報や資料を求めて自分の足でうろうろしなくてはならなかったわけですが,インターネットによってパソコンひとつあれば,様々な情報や資料を手に入れることができます.

 これだけでも大変便利な「道具」であるといえるわけですが,インターネットは情報の受信だけでなく発信も可能にしてくれる「道具」です.実際にインターネット上に多くのホームページが存在しています.たとえば「社会福祉」をキーワードに検索してみると300件ものページが存在していることがわかります(「Yahoo! JAPAN」(http://www.yahoo.co.jp/)での検索結果).  情報を発信できる「道具」,すなわちメディアはすでにTVや新聞といった形で存在していますし,それらのメディア=マス・メディアの方が読者のみなさんには馴染みあるものでしょう.しかしマス・メディアは情報の受発信,とくに情報の発信においては非常に「使いにくい」のです.そういったマス・メディアと比べてインターネットは非常に「使いやすい」といえます.

 また,情報の発信ができる,情報が存在するところには人々が集うようになります.ここからコミュニケーションの「道具」としてのインターネットについて考えていきましょう.

 インターネットの「道具」として便利さを考えるとき,欠かせないものに電子メールがあります.仕事上の連絡から友人との他愛もないおしゃべりまで,みなさんも活用されていることでしょう.この電子メールには「同報機能」(同時に複数の相手へメールを送信する機能)があります.この機能を用いて「メーリング・リスト」というシステムが数多く運営されています.

 これは何らかのテーマに沿って行う電子会議のようなものです.会議というと堅苦しいイメージがあるのですが,電子メール
の手軽さもあってか,ときには冗談まじりのメールもやり取りされるようです.こういったことも実は会議や議論において必要だといえるでしょう.なによりも,時間と場所を拘束される実際の会議と比べてもそれらにとらわれないメーリング・リストは便利なわけです.

 ここで,少し話を脱線させてもらうと,先日,このコラムが掲載された『東京MSW』を頂き,読んでおりました.すると「『気軽に相談できる先輩』がいなくて困っている」と書かれていましたが,例えばこのメーリング・リストのようなシステムを活用されてはいかがでしょうか.

 閑話休題ということで,話を本筋に戻しましょう.このようにインターネットは「道具」として非常に便利なものです.今回は明確に書きませんでしたが,社会福祉に携わるみなさんにとって(インターネットという「道具」は)どう便利なのか,ということに主眼を置いて書いてみました.

 一方で,社会福祉(というサービス)を受ける側,つまり高齢者や障害者にとって,どのように便利なのか.この視点が抜け落ちています.実は,研究者としての私はこちらの視点により関心をもっています.  



次回,このコラムでは高齢者や障害者にとって,「道具」としてのインターネット,とくにコミュニケーションのそれとして,私がどう考えているのか.このことについて書いていきます.(続く)

 

インターネットってね!(第1回)


はじめに

  社団法人東京都医療社会事業協会発行の機関誌『東京MSW』にてコラムの連載が始まりました.社会福祉に携わる方に向けたインターネット入門,が基本なのですが,いわゆる「インターネットの”使い方”」ではなく,社会情報学的視点にたち,インターネットという新しいメディアが社会にどのような影響をおよぼしているのか,また,そのような社会における社会福祉について考えていきたいと思っています.どうぞよろしく.  
現代社会とインターネット

 今回から縁あって,短い文章を書かせてもらえることになりました.私の研究分野は「情報社会学」と呼ばれるものであって,社会生活における「情報」や「メディア」の位置付け,その果たす役割について研究しています.ですので一見,社会福祉またはそれに携わる読者の皆さんとは関係が薄いように思われるかもしれませんが,実はそうでもないのです・・・・.

 たとえば「インターネット」は私の分野において,研究対象としても道具としても欠かせないものです.かつては研究者による学術分野での利用というイメージがあり,実際に一般の利用者も少なかったです.しかし,平成7年ごろから利用者が急速に増え(皆さんの中にもこの頃からインターネットの利用を始めた方が多いのではないでしょうか),平成12年度の『郵政白書』によると,平成11年末の時点で我が国のインターネット利用者は2706万人だと報告されています.同じく『郵政白書』の報告によるとインターネットの世帯普及率は約2割になります.つまり,それだけ一般の利用者が増え,社会に普及しているのです.

 一般の利用者が増えたとはいえ,いわゆる「高齢者」による利用はまだまだ少ないわけですが,インターネットに代表される新しいメディアを利用し,そのことにより生活が豊かになっている高齢者がいる以上,それはもう十分私にとって研究対象だといえます.

 研究対象,というと少々聞こえが悪いかもしれません.しかし,社会の状況に目をみはると,研究対象うんねん,というよりもはやインターネットなどの新しいメディアを利用しなくては,生活するうえで様々な支障が起こってくるようになりそうなのです.
 「デジタル・ディバイド」という言葉が最近巷間をにぎわすようになりました.これはIT(Information Technology=情報技術)の進歩と,それによる新しいメディア(=インターネットやパソコンなど)の社会への普及が進んだ結果,これらのメディアを使いこなせるかどうかが,社会格差として立ち現れてくることを指し示す言葉です.

 私自身,この格差を分析し,少しでも軽減する方策を考えるのが社会情報学の役割だと考えています.あわせて実際に高齢者と接し,その生活をより豊かにするためのサポートを担っている読者の皆さんにとっても,これは軽視できない問題でしょう.
 逆に,インターネットやパソコンを道具として「使い倒す」ことで生活を豊かにすることができるでしょうし,実際の例がいくつもあります.



次回からこのコラムでは,実際にどう役立つのか,また,社会福祉に携わる者にとって,この新しいメディアにどう接して活用すれば良いのかについて考えていきたます.(続く)  

Copyright (c) 社団法人東京都医療社会事業協会 
東京都新宿区西早稲田2-2-8全国心身障害児財団ビル TEL:03-5272-4732 FAX:03-5272-4732