3・11へのメッセージ



 信じられない光景が、全国のテレビの画像に人々を釘づけにした時、現地の人々の中には、津波の来ることなど全く知らずに、地震の片づけをしたり、わが子を迎えに車を走らせたり、怪我で運び込まれる患者を待っている人もいました。「津波」なんて思いもせずに・・。  渋滞した車の中で、暗い道を難民のように繋がって帰路をたどる人込みの中で「何て夜なんだ!」と誰かが舌打ちしていた時に、泥水の中で、必死にもがき、降り出した雪に、力尽きて行った人が多数いたことを、全く知らなかった人が、都心ではほとんどでした。
 今も、まだ帰ってこない人が3276人。もう、帰ってこない人の中に名前のある人が15854人。未だ、眠れない夜があるという方が、電話の向こうでため息をつくのがわかります。  離れた地にいると、わからないことが沢山あります。感じられないことも沢山あります。 過去のこと、もう1年も前のこと、そろそろ、前を向いて…、と言われそうな気がして、そんなにいつまでも震災のことばかり考えるなと言われて。  
 でも、被災地は、被害が大きいところほど、まだまだあれもこれも、これからなのです。 全国の、遠方の方が「震災」を忘れてしまわれることも、また新たな傷として、胸に響き、辛くなるのです。未だ、忘れられては困るのです。取り戻せないものの方が多いけど、せめて、取り戻したい「平穏な生活」も、まだまだなのです。だから、支援して下さいとは、もう言いたくないけれど、あたたかいまなざしと、必要な支えは終わりにしないで下さい。  
 きっと、この地の居住者は、そうおもっていると、仮設団地の洗濯物や、隙間風を防ぐ傾いた家の壁を見ながら、1階が津波で吹き抜けた空き家の、カーテンを揺らす風を見ながら考えています。いま、私が出来ることは何かと。あなたにしてもらえることは何かと。


                          東京都医療社会事業協会 会長 武山ゆかり