内藤とし子さんの訃報

元会長の内藤とし子さんが逝去されました。

 去る8月21日(金)に当協会の元会長の内藤とし子さんが、脳溢血のため、ご自宅で逝去されました。
 告別式は、8月30日(日)午後1時より、東大和市桜が丘にある「セレモア ガーデン会館 玉川上水」において、しめやかに執り行われました。
 当日は、協会から供花、弔電と会長、副会長、監事、理事が参列し、弔辞を会長が述べました。
 内藤さんのお人柄から、東京都関係のMSWや医療関係者、理事などもやっておられた関係から社会福祉法人の関係者をはじめ障害者団体の関係者や当事者、また、近年も続けられていたハンセン関係の支援団体などの関係者、当協会の会員を含む、多くの方が最後のお別れをするため、参列されました。
 告別式は、無宗派式で執り行われ、音楽が流れ、弔辞や友人代表のお別れの言葉の後、全員で献花によりお別れをいたしました。
 受付など、裏方の支援は、長年一緒に活動していた社会資源研究会のメンバーが行ってくださっていました。
 内藤さんは、昭和42年から協会に入り、昭和44年には理事として執行部に入り、教育部、社会問題対策部、出版部、平成7年から会長となり、退職後も会計部の理事が不足していると引き受け、長年にわたり、協会を中心で支え、活動されてきました。
 ここにご冥福を祈り、会員の皆さんにご報告いたします。
 なお、前会長の武山ゆかりさんからの「内藤とし子さんを悼む」の原稿が送られてきましたので、一緒にご披露します。

内藤とし子さんを悼む
武山ゆかり

 5月の「ハンセン市民学会」に参加した折、あまたの先輩MSWの元気な議論の中で、いつもながらの柔和な笑顔が、お会いした最後となった。長いMSWの社会活動の中で、資格制度問題やハンセン支援活動等、激しい討論や支援の在り方などを巡り、厳しい対立や方向を迫られるなどの場面は数多くあったと思われるが、いつも多くの多様な意見の会員がいる東京都協会の全体を見渡して、独自の方針を動かさなかった。様々な考えの会員がいて、様々な立場で働いている。MSWの資質の向上と、医療の現場で苦悩する都民のしっかりした支えになること、この2つを、会員全員の参加する都協会の活動で実現すること、をめざしていた。それが、どんな時も揺らぐことの無い、笑顔に表れていた。
 大らかな「内藤会長」の元で、出版担当理事として次々に新しい試みをはじめ、機関紙誌の刷新や、福祉関係団体への売り込み、医療関係団体とのネットワークづくり、災害地支援などに、意欲的に取り組むことが出来たし、各ブロックや巡回医療福祉相談会も、池袋駅頭や、各地の自主相談会の誕生、「医療と福祉110番」の前身となる電話相談事業など 会員が各地域で力を発揮する協会活動が発展した。韓国MSW協会との交流訪問事業など会計上や国際交流など、多少逸脱しそうな企画でも、内藤さんが「大丈夫、最期は私が責任を取るから!」と、さも大したことではなさそうに、笑顔で後押ししてくれることで、安心して多々「楽しい協会活動」を展開出来た。ある時、まだ高価だったパソコンが壊れ、会員管理に窮した時も、賞与が出たから、と理事には公表せず「軽く」寄附してくれた。
 また、長年東京都の職員であり、担当管轄部課長や、かつて多かった都立病院のお仲間のMSW会員から、絶大な信用を得ていた実績が、協会会長としての事業展開にも多大の信頼に繋がっていた。革新都政の中で多くのMSWを育てた時期であったからか、笑顔の陰に、実は大きな力があり「頼むわよ!」と言われると、皆動くという力があったという。
 長く務めた「東京都北療育医療センター」では、生後すぐからの支援を経て、成人して親が亡くなった後まで続く担当ワーカーであり続けたり「全国重症心身障害児(者)を守る会」の理事としても長く貢献し、平成4年からは東京都立東大和療育センター開設とともに、その事業の礎を築いた。十数年前、北海道旭川で開催された「全国重症心身障害児(者)を守る会」全国集会に一緒に参加した折も、あちこちの親や子どもたちから声を掛けられ、にこやかに応えていた。後で「あの子の時は大変だったのよ、良く生きているな~って今思うわ。」というような話が度々であった。子どもたちの命や笑顔を守り続けた人生であったと振り返って思う。退職後は、現役ではないからと会長を降り、それでも手が足りないと泣きつくと「グループスーパービジョン」の講師や会計理事として、協会に貢献してくれたりもした。都職MSW諸姉と「ハンセンハートセンター」の相談員として、元患者の社会復帰支援に、文字通り寄添い、新たな人生を歩む方のまさに杖となっていらした。ハンセン問題を描く映画、助川ドリアン著、樹木希林さん出演「あん」を、一緒に視に行きたいわね、帰りにビールを飲みましょうね、と確か話していたのに・・・。(2015.8.29)

内藤とし子さんの仕事
障害保健福祉研究情報システム 重症心身障害児の早期療育指導 内藤とし子*
(リハビリテーション研究1980年12月No35)

「医療ソーシャルワーク」51号、60号