震災支援タイトル


東北東関東地震災害支援活動報告

2011年 3月 31日
(一社)東京都医療社会事業協会
会 長  武 山 ゆ か り

 2011年3月11日におきた東北地方太平洋沖地震による広域にわたる沿岸一体の地震・津波による被害は、支援に際してもかつて無い困難や規模を呈し、現地での対策開始も遅れています。3月14日(月)から東京都協会での電話対応、義援金受入準備、18日(金)の日本医療社会事業協会との会議、19日理事会を経て3月22日(火)からは「東北地方太平洋沖地震対策本部」を日本協会内に設置し、現地からの被災者受入れ相談窓口ボランティア、現地派遣ボランティア、義援金の募集等を開始しました。この対策本部には、日本協会、神奈川県協会、千葉県協会ほか、全国医療ソーシャルワーカー協会会長会でも、各会の会員に呼びかけ、ボランティア等を結集しています。都協会は、対策本部立ち上げ、会長会呼びかけから関わり、現地ボランティア拠点設置にむけて動いてきました。また、 被災地県協会、宮城県石巻赤十字病院MSWほかとの情報交換等により、支援物資や派遣スタッフの準備を進めて来ました。
 3月29日(火)夜8時、第1陣として神奈川県協会から軽油、お米を積んだ車と2名の会員、都協会からは武山が下着、防寒衣類、被災県協会へのお見舞いを積み込み、神奈川を出発、夜を徹し走り、早朝5時宮城県石巻市に入りました。
 29日昼から先に現地入り、宮城県庁、石巻市役所介護保険課等に挨拶をしてまわられた  日本協会笹岡会長と合流、重度介護の必要な方のために設置された避難所「石巻 遊楽館」に出向き、被災により診療不能となった石巻市民病院の医師が管理となっているこの避難所に相談支援拠点の設置についての準備を進めました。
 午後からは、石巻赤十字病院MSW激励と相談拠点ボランティアとの連係依頼、宮城県医療社会事業協会会長を訪ね、衣類等支援物資とお見舞いを届けました。会長自身も翌朝駆けつけた時には家は流された後。津波により中学生のお子さんが見る前を隣人等が濁流に呑まれたと・・という体験を語られ、茫然自失から立ち直るにはまだまだ・・とのことでした。多くの難病患者さんを抱えての職場での被災後の業務や、県協会会員の支援など、これからのご苦労に、全国のMSWが寄り添いたいと思っていることを伝え、おつとめの国立宮城病院を後にしました。往復、延々と広がる水を被った田圃に流された大木や車両が累々と、また点々と続く光景に、胸が潰れました。
 往復のガソリン給油の心配、寒さへの不安、被災の状況に迫る思いなど、ハードな2日間でしたが、現地MSWへの共感、しなければならないことの規模の大きさ、被害の甚大さの把握など、現地へ行ってこそ掴める情報と感覚を手にして帰り着きました。交代で昼夜続けて運転を担って下さった神奈川県協会のお二人にも心からの感謝致します。