震災支援タイトル

一般社団法人 東京都医療社会事業協会         No.7  2011.12.20

災害支援ニュース

つたえる
心をつたえる…様子をつたえる…事実をつたえる…手立てをつたえる…気持ちを伝える

 11月12日(土)~13日(日)に行われました、「宮城県MSWとの交流会と被災地訪問」に参加された会員のアンケートの中から抜粋した、感想を掲載させて頂きます。
 言葉の一つ一つから、実際に参加された方々の想いが伝わって頂ければと思います。

参加者の感想から

  • 南三陸町の被災した海沿いの街は跡形もなく、何もなかったことは、なんと表現していいのかわからない。現地のMSWが震災時、自分の大切な人の安否を思いながら、目の前の業務をこなしていかなければならない心の葛藤は計り知れず、今後私も同じ状況になった際、どのように私は判断し、仕事し、生きていくのかを考えさせられた。話してくださった宮城県のMSWの皆さんの勇気と決断に脱帽です。

  • 宮城県のMSWの皆様のお心の一端に触れるおもてなし、被災地へのガイド、何から何まで皆さまの温かなお心と秘めた悲しさが伝わってきました。災害時の医療機関の対応、地域への支援のご報告にも多くの学びと感動がありました。

  • 被災された方の苦しさ、悲しみは十分に理解することはできないのが正直なところです。ましてや悲しみ、苦しみの深さが深いほど、言語化するのに長い時間がかかると思います。寄り添うことはできますが・・・。「忘れないでほしい」という言葉には「こんな思いを二度としたくない、させたくない」と意味が込められているのではないかと考えました。個の力では決して解決できないことです。具体策は考え中ですが、公的な力の支援が優先だと感じました。

  • 実際に南三陸町の被災した場所に立って、何も言葉にできなかったです。地面にあるどこからかいきついた紙を触ってみて、まだずっしり濡れて重たくて、ショックでした。改めて本当に今もまだこういう状況が続いていることに気づきました。復旧なんてまだまだだ・・・と感じました。案内してくださった宮城のMSWの方々が、「何ができるか(他の地域の人が)色々考えてくれているのも、ボランティアもありがたいけれど、この地域の人たちがその人たち自身で生活していける環境が必要だ」というお話をして下さいました。地域で暮らす人たちが、その人たちで生活、仕事していける環境をつくるために何かできることがあるのか・・・。気持ちだけでは何ともならないですが、考えていこうと思いました。

  • 現地を見て、また現場で一生懸命対応してきた皆さんの話を聞いて、想像を超えた状況に絶句してしまいました。報道が現実を伝えたことで、援助の手が差し伸べられたことも事実だが、ゆがんだ事実で辛い思いをしたケースもあったと聞き、震災だけではない精神的疲労もたくさんあったことを知りました。復興までにはまだまだ時間がかかりそうです。私たちはこの記憶を風化させてはいけないのだなと実感する機会となりました。

  • マスコミ、新聞、インターネットで知っていた宮城の被災状況を実際に目の当たりにすることで、そこで普通に生活していた人々の日常が突然奪われた現実をより一層、身近に肌で感じることができて、津波に追われたり、繰り返し起こる余震におびえながらの不安な生活をいまなお送っている人たちに、今まで以上に近づけたような気がした。また、現地のMSWの方々が必死に前を向いて立ち上がり、少しでも早く普通の日常の生活が送れるようにしたいと決心されている話を聞けたことは、一生のかけがえのない宝となった。

  • 宮城県協会の皆様に感謝!感謝!現実の厳しさ、現地の皆様のご苦労を思うと涙です。今後を見続けていきたいと思いました。

  • 初日の講演が聞けなかったのが本当に残念でしたが、初日の夜、皆さんの自己紹介を聞いているだけでも、参加された方と現地の方とが一体となり、思いが一つになっていたように感じられました。二日目、実際現地に入り、福島を同じように、3月11日で本当に時が止まっており、言葉もありませんでした。初めてその土地に足を踏み入れた自分でさえ、涙が出てきたのに、3月11日の朝日常生活を営まれていた皆さんは、どんなに胸の詰まる思いなのか・・・想像しても計り知れないと思いました。その思いを抱えた方々と、これからの生活について語っていくことは、時間をかけていくことが重要なのではないかと思いました。

  • 宮城県協会の方々に心から感謝です。石巻のまだまだ片付いていない沿岸のこれから、産業の見通しなど、「生活」が成り立つには長い時間と政治の在り方について、遠くからも支援していく必要を感じました。

  • 参加させて頂き大変貴重な時間となりました。一日目、活動報告を通して、被害状況はもちろんのこと、亡くなられた患者さんのご家族対応まで含め情報室としてMSWが活動されていたことに衝撃を受けました。自分自身も心身ともに疲弊している中、怒りやいらだちなどの感情をぶつけられたと伺い、逃げ出さず投げ出さずやり遂げた辛抱強さ、優しさ、責任感の強さなどに心から尊敬の念を抱いております。また二日目は、実際に津波の被害にあった地を訪ね、バスを降りた瞬間、涙が溢れてきました。あの海から波が打ち寄せてきてどれほどに怖かったか、あとで戻ってきた時何もかもが流されてしまった無念さなど想像しました。お花が供えられているのをみて、人が亡くなられたことを実感しました。こうした機会を作っていただいた宮城県の方々に感謝の想いでいっぱいです。

  • 報道で知っていた状況、予想していた以上の被害であったことを直接見て、感じることができたことがよかった。被災地の方々より当日の状況から援助のこと、現状、課題等のお話を聞かせていただき、軽々しく「何かしたい」「できることはないか」等の気持ちでいた自分が恥ずかしくなった。今自分にできることは、被災地の状況をより知り、ニーズは何かをしっかりととらえ、そのニーズに応えられるように宮城県の方々と交流をすることを積極的にしていきたい。今回感じたこと、見たことは絶対に忘れず、伝えていかなければならないと思う。

  • まず率直に、参加し、交流会や被災地訪問をすることができて、本当に貴重な経験をすることができたと感じています。私は今回初めて被災地を訪れましたが、やはりこれまでテレビや様々な情報を見たり、聞いたりしていたものの、実際に現場に行ってみると想像をはるかに超えた現状があることを知りました。また、被災された方々やそこで活動をされた方々の話を聞くことで、つらい経験をされたにもかかわらず、むしろ私たちを明るく出迎えてくださったことで、逆に元気を頂いたような気がします。「失ったものもあるが、そこで得たものもたくさんある」という言葉がとても印象的でした。皆さんの強さ(パワー)を感じました。今回、経験させて頂いた貴重な時間をもう一度じっくり振り返り、何かの形で復旧・復興に貢献していきたいと改めて感じました。

  • 実際に現場を見て、唖然としました。言葉になりませんでした。津波にのまれた情景が震災当日の状況をイメージするととても辛くなりました。被災者の方々は私が想像する以上に辛い思いをしたんだと思います。防災センターで最後まで残って呼びかけていた女性、高齢者の安否を確認しに行ったケアマネジャーも波にのまれたと聞きました。また、宮城県のMSWの方々も不眠不休で働いていました。その経験を無駄にせず、多くの方に伝えるのが、今私にできることだと感じています。

  • 地域における当院の役割を改めて考え直すことができ、地域ぐるみの災害対策をつくりたいと思いました。これは、実際にその場に来て、その時の話を生でお聞きできたことで、気づけたように思います。来てよかったです。

  • 沿岸部の被害の大きさが予想以上でした。「心のよりどころ」と「今の生活」とすべて失った人たちに何が必要で、といったニーズ調査をして、その必要な支援をどう生み出して提供するのかということが、ソーシャルワーカーができることなのかなと漠然と思いながら、ソーシャルワーカーの歴史を思い出したりしました。それから宮城県MSW協会の方たちが、昨日今日と本当に大変な時期に貴重な時間をつくっていただいたことに感謝しています。

  • 自分自身、何ができるか、ただ漠然としていましたが、現地の方の「忘れないでほしい」という思い、気持ちが一番印象強く残っています。現場をみていくことであれば、また逆に見せて頂けるのであればぜひこの機会に訪問したいと思いました。今回、現場をみることで、想像を絶する言葉にはならない思いもありましたが、今回頂けた体験を参加されなかった方へも伝え、また実際にみたことで改めて自身でできること、また都協会を通じてできることを継続していきたいと思いました。

  • 一日目の八島さん、廣庭さんの話を聞かせていただき、自身があった直後の混乱はものすごいものだということを改めて知りました。自身も家族の安否や自宅がどういう状況になっているのかわからない中で、MSWとして、支援者として、休みもなく仕事されていた現地の方々の活動に胸がつまる思いがしました。また予想外の大きな津波で、被害がものすごい状態だったため、マニュアル通りにいかなかった、マニュアル外の支援も必要だったという話はとてもリアルで、自分がその状況におかれた時に冷静に的確に判断をして動けるだろうか、その気持ちを持てるだろうかと考えました。私もMSWとして必要な支援ができるようにしていこうと思いました。そのためには、日々実践し考えることを今後も怠らないようにしていきたいと思います。仙台の皆さんが明るく元気な方々だったことも印象的でした。これからも続く復興支援に負けてはいられないという気持ち、人々のきずなや力強さを教えられました。

  • 本当に自分の目で見て肌で感じてこれて良かったと思っています。被害の大きさはニュースなどで知っていたはずですが、実際に見たとき、どこまで被害が続くのかと津波の恐怖を感じました。一日目のお話もとても貴重で、3月11日のまま時が止まっているというのが、現地を見に行って痛いほど感じました。復興には5年、10年かかるともおっしゃっていましたし、8か月たった現状を見ると、復興には本当にそれくらいの時間が必要なんだと思いました。私たちができることは、そのこれからも続いていく復興に向けての長いスパンでの協力が大切だと思いました。

  • 志津川のあたりは、バスを降りる前から涙が出てきました。初めて見せて頂き、無力さに言葉もありませんでした。その場に3月から生活している方々の気持ちを思うと「東京に帰って伝えなくては」と思いました。焼けた小学校、壊れた病院・・・。宮城県の皆様にお会いできた御縁を大切にしていきたいです。

  • 直接被災地を見て感じたことは、そのスケールの大きさです。広大な土地に加え、2階までに及ぶ津波の大きさ意を想像すると言葉を失ってしまいました。そして、被災状況を言葉で表そうとすればするほど、現実味が失われるような感じがし、言葉にすることができませんでした。しかし、被災された方々が語る言葉には現実味があり、聞き入ってしまいました。被災された方々の言葉の重みを感じながら、今回の経験を周囲の人に伝えていきたいと思います。

  • 「風化」という問題は、広島、長崎をめぐる問題についても60余年の経過の中で同じようにいえることですが、一人一人が今回の東日本大震災の甚大なる被害と復興についても、自分自身のあり様や生とどのように向き合うかを考えない限り、風化をくい止めることができないように考えています。