震災支援タイトル

一般社団法人 東京都医療社会事業協会  No.40  2016.7.14

災害支援ニュース
つたえる
心をつたえる…様子をつたえる…事実をつたえる…手立てをつたえる…気持ちを伝える

 つたえる40号は3月12日・13日に行いました、福島県訪問と福島県MSWの方々との交流会の報告です。掲載が遅くなったことを深くお詫び申し上げます。
 初日は福島市の福島県青少年会館にて、福島県の6つの職能団体(MSW、PSW、社会福祉士、CM、OT、PT)主催によるシンポジウム「多職種共動の歩み@福島2016」に参加しました。
 第1部は、小野田修一氏(南相馬市立総合病院 理学療法士)と池崎 悟氏(浪江町社会福祉協議会)による実践報告。第2部は、福島県の6つの職能団体による相談支援チームによる5年間の実践。震災以降、職能団体同士が力を合わせ、毎月会議を行いながら支援活動を実践している熱意と想い。お互いが信頼しながら継続している姿勢に心から尊敬します。
 私たちは東京都の医療ソーシャルワーカー団体として、そこから如何に学び、活かしてゆくか、そして職能団体としての脆弱さを理解し、いかに他団体と共動してゆくか、検討し、実践してゆかなければなりません。
 翌13日は福島県のMSWの方々と共に、相双地区へ。現地の医療機関のMSWの方々も交え、ディスカッション。お互い直接会って、話し合うことの重要さ。様々な現状や情報、そして医療ソーシャルワーカーとしての想いの共有させて頂きました。
 今後も繋がりを深めてゆくことを心から望んでいます。
 福島県の方々には大変お世話になりました。深く感謝致します。そして一緒に参加した東京都のメンバーにも感謝致します。本当に有難うございました。

[1]福島県訪問と福島県MSW交流会の報告

災害支援対策委員会
冨士川泰裕(康明会病院)

 平成28年3月11.12日に福島県南相馬市訪問と福島県MSWの方々との研修・交流に参加してきました。  当協会では、東日本大震災以降、支援活動の一環として宮城県石巻市などの被災地訪問と現地のMSW協会との交流会を重ねてきました。福島県への訪問は、2011年8月のいわき市訪問に始まり3度目、その中で福島県MSWの方々との交流会は前回の2014年9月以来、2度目となります。
 3月12日~13日という、現地の方々にとってとても大事な時期です。当然ながら否定的な意見もあるかと思います。福島県のMSWの方からその日程でと提案された際、躊躇する気持ちもありましたが、「震災発生から5年ということで、あえてその時期だからこそ実施したい」と福島のMSWの強い気持ちに答えるかたちで、今回の企画に至りました。参加者の皆さんの感想はどれも現地で感じた想いが詰まっています。「つたえる」を読んでいただいてる方に何かを感じて頂ければ幸いです。

[スケジュール]
312日(土)
11:00 東京駅発~12:32 福島駅着~13:30 シンポジウム開始
~19:00 交流会「庵ぐら 福島駅前店」~福島駅周辺にて宿泊

313日(日)
9:00 出発  レンタカーにて移動~飯館村を通過し、相双地区へ
~昼食後、相双地区のMSWの方々も交え、情報交換・ディスカッション
(相馬市「斎春旅館」)~南相馬市小高区~慰霊碑への献花~小高駅
~17:50 福島駅発~19:24 東京駅着

福島訪問に参加して
山我 香子(日産玉川病院)  震災から5年経過した今、現地に伺い、今までの歩みやこれからについて皆さんとの交流を通して学ばせて頂きたいと思い参加しました。
 初日は「多職種共動の歩み@福島2016」に出席し、実践報告や福島県北部で6種類の専門職が相談支援専門職チームを結成し取り組んできた報告を聞き、現在もなお地域事情に合わせながら専門職がそれぞれの強みを生かし活動されている現状を知りました。
 自分たちの地域で災害が起きたら、県北と同じように多職種がチームとして関われるのか、またその関係を継続できるのか考えさせられました。シンポジウムの中で「普段からやっていないことは災害の時は出来ない」「意図的な交流の場を持つ」「同じスピードで同じ方向に歩めるように」と話があり、私たちはHUBのようなもの、色々なものをつないでいくことが出来る。病院の枠を越えて仲間とともに前を向き活動している福島の方たちの想いを伺い、福島に出来て東京に出来ないことはないのではないか?また地域は関係なく、相談員として福島の方達と今後もつながって行きたいと感じました。

 2日目は飯館村、小高地区を福島の方々の案内で廻らせて頂きました。日中のみ立ち入れる飯館村は田んぼに放射性廃棄物の入った大きな黒いビニール袋が何十個も置かれており、戻っていいといわれても生活できるか不安であったり、仕事はあるのか今後のビジョンが描けないと心が揺れるだろうと感じました。5年前に時が止まっているような、目の前に自宅があるのに戻れない、この村の住民の方々は今、どんな思いで生活されているのかを考えると胸がつまる思いでした。

 また南相馬市に伺い震災当時から現状についての話も伺いました。
 南相馬市は原発に近く津波も来たため孤立状態になったこと、職員自主避難許可の後、4/11に病院を再開し、4月末には院長指示で避難患者を戻すため尽力されたことなど地域住民として相談員として何が出来るかを日々問いながら仕事をされてきた事が伝わりました。
 人手不足によりサービスが偏り、地元へ戻りたい希望を支えられない社会資源不足の問題、世帯構成や家族間のつながりの変化による地域の希薄化、情報のとぎれ、賠償金格差による住民間の格差など現在の課題を伺い、5年間、その時に生じている問題に福島の相談員の皆さんが正面からぶつかり、自分達に何が出来るか、どう行動していくかを考え過ごしてきた様子を感じることが出来ました。

 今後この2日間、私が見て聞いてきたこと、自分が被災者でありながら支援者となり「5年前、自分はもっとできたのではないか」という気持ちで福島で頑張っている相談員がいることを周囲の方たちに伝え、皆に関心をよせてもらいたいと感じています。
 最後になりましたが、2日間の訪問でお世話になった福島の皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。

[参加者の感想]

冨士川泰裕(康明会病院)

一日目
 一日目は多職種共同のあゆみ@福島2016に参加させて頂いた。全国から100人支援者が集まった。  6団体が合同で5年間継続し、支援活動がおこなえている事は、福島県ならではの魅力だと感じた。また、5年歳月がたった今でも全国から震災支援の想いをもったソーシャルワーカーが集まり合同で研修が出来るのは、我々の支援者の力だと思った。今後支援金も打ち切られ、復興にかけるお金が減少していく。それは、経済的困窮者、住宅問題等が今以上に大きな問題になっていく。この大きな問題に、どのような支援が出来るか、考えていかなければならい。今後よりソーシャルワーカーが被災者支援に力を発揮出来るのではないかと感じた。

二日目
 南相馬市の視察させていただいた。トリプル災害、津波、地震、原発を体験した世界初の場所である。原発の恐ろしさを、肌で感じることができた。見た目には何も変わらないが、ただそこに住めない。公道からみえる黒い袋が異様な空間を醸し出し、家があるが人の気配が無い空き家がとても印象的だった。
 鹿島厚生病院の和知SWの当時の話を聞くと、完全に孤立してしまった都市になったこと。救助も思うようにならず、目には見えない原発の恐ろしさがあった。避難は自己判断を求められた時の瞬間は、支援者から被災者にかわった瞬間でもあり、避難すると決めた時は、とても勇気ある決断だと感じた。復興の支援の話は、社会資源がないなか退院先や在宅退院の支援をしていかなければならない大変を知った。

 全体を通して感じたのは、福島の皆さんはコメントをする前に、支援して下って皆に感謝を述べていた。その言葉を聞くたびに、私はこの5年間被災地に本当に貢献出来ていたのかと疑問に思い、恥ずかしい気持になった。
 都協会の災害対策委員会で、被災地への支援の継続と災害対策に微力ながら関わり続けていきたいと強く感じた。

 

福島県訪問・研修に参加して
戸部友賀(前田病院) 福島県訪問・研修の案内が来る前、東日本大震災が起きてから5年経とうとしているということと、また、東京で大地震が起こる可能性が高いということで、地震や震災というテーマを主としたものを目にする機会が多いように感じていました。そのような報道や記事をみていて、東日本大震災のようなことが東京で起こったら私はMSWとして何ができるのだろうかとある時ふと思いました。震災で社会資源も少なくなることも予想される中で自分はどんなことができるのか、考えてみましたが全く想像がつきませんでした。前田病院では、MSW私一人のため、私自身がパニックになってしまったら、患者さんやその家族に大きな不安を与えかねないとも思い、実際震災で被害を受けた福島県に訪問し、直接目でみて話しを聞いて学び、いつ大きな震災が起こっても冷静に対応できるようにしたいと考え、福島県MSWの方々との研修・交流会に参加を希望しました。
 福島県に訪問し、実際現場で活躍している方々のお話しを伺っている中で、自分が参加した理由を伝えると、ワーカー自身で社会資源を切り開いたり、作り出したり、ある資源で試行錯誤して調整したり、そういうことができるかできないか。社会資源は確かに少なくなるけど「自分自身が社会資源なんだよ」。また、病院に数日間寝泊りしていて、夜中の2時まで患者さんの話しを聞く日もあったという。私は、それらのお話を聞いて、自分自身が社会資源として成り立つには、やはり経験と知識が必要であると思ったので、もっと勉強会や研修に積極的に参加していきたいという意欲が増しました。
 福島市内から南相馬市に向かって車で走っているとき、周りの景色を見て思ったことは、5年前テレビで放送されていた映像でみたものより正直綺麗になっていると思いました。
  5年経ち、ボランティアや派遣で来てくれた人々が少なくなるのも景色などの表面的なものだけみればわかるような気がしてしまいましたが、福島県の現場で働くMSWの方々にお話しを伺って、住民間の格差問題(賠償金など)や社会資源の不足(医療福祉関係職不足やサービス提供など)といった問題が浮き彫りになっていて、津波で被害が大きかった南相馬市も線量計がたくさんあったり、放射物の塊がさら地に放置されていたり、外来のみの再開で止まっている病院があったりと、5年経っても被害大きさを感じさせるものもたくさんあり、私はまだまだ支援継続の必要性を感じました。

 今回、私は勉強目的で参加させていただきましたが、ある福島県のMSWの方からは、「県外の方からの意見や言葉はすごく励みになる」、「何かやってほしいというわけではないが、忘れないでほしい」という言葉をいただき、福島県に訪問したり、情報交換したりと、関わりを持ち続けることが私にもできる支援・活動であると思い、今回の訪問をきっかけに交流を続けていきたいという思いが沸きあがってきました。また、東京から参加した先輩MSWの方々とのお話しもとても勉強になり、東京で震災の被害が出たときにボランティアを受け入れる体制をどう整えるかというお話しも出ました。福島県でのシンポジウムの話しの中でも、普段やっていないことは、できないというお話しがあったので、東京で震災が起こったときのことを想定して考え、備えておく必要もあると思い、福島県に再度訪問したときなどに、ボランティアの受け入れについてお話しを伺いたいと思いました。

 

[2]熊本地震支援について

 日本医療社会福祉協会による熊本県への派遣要請に関して、当協会の会員の方々から問い合わせや参加申し込みのご連絡を頂きました。参加して頂く方々、関心を持って頂いた方々、支援金にてご協力頂いた方々に深く感謝致します。
 7月に入ってから、当協会の会員も随時、現地にて支援活動を行ってゆきます。
 活動報告など、災害支援ニュース「つたえる」などで報告致します。

熊本地震 支援金のお願い
熊本県協会への支援や、当協会より現地に派遣する費用の一部に使用する目的として、支援金を皆様より受け付けております。

御協力頂ける方は、下記の郵貯銀行口座に送金をお願い致します。

★支援金受付の振替口座(ゆうちょ銀行)
口座名義:一般社団法人 東京都医療社会事業協会
口座番号:00130-5-577525


振込用紙の記入欄に「平成28年熊本地震」と記入して下さい。

 

「つたえる」では、会員の皆様からのご意見を募集しております。震災と、その支援に関しての意見や想い、伝えたいことなど、是非お寄せして頂ければ幸いです。字数など、特に細かい制限はございません。
掲載希望の方は、都協会事務局にご連絡の程、よろしくお願い致します。

過去のバックナンバーは当協会のホームページにて閲覧可能です。


発行 一般社団法人 東京都医療社会事業協会 災害支援対策委員会
〒170-0005 
東京都豊島区南大塚3-43-11 福祉財団ビル5F
電話・FAX : 03-5944-8912
Mail: 
ttn82yj27c@mx10.ttcn.ne.jp


 小高駅前の自転車置き場です。前回訪問した際には、大量の自転車が震災直後から放置されたままになっていましたが、今回の訪問時には全て撤去されていました。そして犬を連れて散歩する御婦人の姿など、街の変化、時の移り変わりを強く実感しました。