震災支援タイトル

一般社団法人 東京都医療社会事業協会  No.41  2016.9.8

災害支援ニュース
つたえる
心をつたえる…様子をつたえる…事実をつたえる…手立てをつたえる…気持ちを伝える

 この度の台風により被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。
そして、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

[1]熊本地震支援について

(1)現地支援員を引き続き募集します
 日本医療社会福祉協会を通じた派遣支援の要請に応じ、7月の始めから末にかけて、5名の会員が支援のために現地入りしました。
 活動場所である益城町総合体育館は、県内最大の避難所であり、7月の段階で800名以上の方々が避難生活を送られており、半数が65歳以上です。
 避難所では様々な負担を抱えた、支援を必要とされる方々がおり、今後も多くの支援が必要とされます。そして、避難所が閉鎖されるにあたり、仮設住宅への移行に関してもかなりの支援が必要とされます。移行において多くの支援が必要とされるのは、宮城県石巻市の避難所「遊学館」においても、私達MSWは経験済みです。 当協会では引き続き現地応援員を募集します。
 なお、都協会より派遣する会員に、交通費を含む活動費として、1回一人3万円を助成 します。※人数に限りがありますので、ご了承ください。
 参加可能な方は、東京都医療社会事業協会の事務局にお申し込みください。

(2)災害研修「熊本地震支援報告会」を行います


  日 時:2016年9月27日(火)19:00~21:00
  会 場:福祉財団ビル7階 中会議室
      (東京都豊島区南大塚3-43-11)
 参加費:無料

 熊本震災支援に参加した協会員より、活動報告を行います。当日参加も可能ですので、多くの方々の参加をお待ちしております。

(3)熊本地震 支援金のお願い
 熊本県協会への支援や、当協会より現地に派遣する費用の一部に使用する目的として、支援金を皆様より受け付けております。

御協力頂ける方は、下記の郵貯銀行口座に送金をお願い致します。


 ★支援金受付の振替口座(ゆうちょ銀行)
 口座名義:一般社団法人 東京都医療社会事業協会
 口座番号:00130-5-577525

振込用紙の記入欄に「平成28年熊本地震」と記入して下さい。

 

[2]宮城県訪問の報告

 震災発生から6年目に入り、宮城県のMSWの方々によるシンポジウムが4月16日に開催されました。それに併せ、5回目となる宮城県訪問を4月16日・17日に行いました。
 訪問当日未明を本震とする熊本地震がおき、緊迫感を感じながら、いつどこで災害が発生する可能性があることを再認識しながら、災害ソーシャルワークについて、地域性による復興の違いについて学ぶことができた2日間であったと思います。
小林直毅(慈誠会徳丸リハビリテーション病院)

[参加者の感想]  
5名の方の感想を紹介させていただきます
〈1人目〉
 「仙台から、なんと1時間で!」
                       
 2011年12月、石巻被災地支援現地責任者として赴任していた時は、高速バスを使っても、2時間近くかかっていた仙台・石巻間が、新しく内陸部に線路を移し開通したJR仙台東北ラインで、東京駅から3時間かからずに懐かしい駅頭に立つことができました。ターミナル右手には、完成間近の「石巻市立病院」を急ピッチで建設中。この病院には、複数の医療ソーシャルワーカー配置が予定され、もうこの4月には元日本協会現地職員も採用が決まり、研修が石巻日赤医療連携室で始まっています。予定より早く着き研修開始まで、ほんの少し時間があったので、私はグループを抜け出し、かつて滞在中にお世話になった旧宿舎そばのレストランへ。オーナーシェフとその夫人(特別支援学校教員)に会い、昼食をかき込みながら、最近の様子を矢継ぎ早に聞きました。「被災当時2~3歳だった子どもたちがね、親が当時かまえなかったもんだから、今になって愛着障害が出てきたりしてね。大きい子は親の経済不安のあおりや、就職先の無いことで崩れてきたりで…。子どもの問題はこれからが大変だってみんな言っているのよ!」と。この問題は、講演の際、心療内科講師からもコメントを聞くことができました。
 また、空き地の多い駅周辺の様子や、市の人口が新しい開発地区に集中していくことによる交通渋滞や旧商店街の復興困難など新たな問題が生じている由。でも、震災以降、若い意欲的な人材が、街に入ってきていることも耳にしました。街中に新しくできた店舗はみんな洒落ています。そう、「医療ソーシャルワーカー」の存在や有用性だって、震災以後随分と浸透が進んだのは、若いワーカーたちの力ですしね!
 車で送って貰った石巻赤十字病院は、増築された近代的な新棟におしゃれなカフェが!研修は、広々とした研修室、夜の懇親・交流会は「今うちの病院で流行っている『体育館ビュッフェ』デリバリーは近隣の美味い店セレクトです。」と副院長のお勧めのメニューと、
共催の石巻日赤病院には、とても、とても贅沢なお世話になりました。
 こんなに、気を使っていただき、土日もつききりで参加して下さった日赤のMSWと先生方ですが、実は16日早朝に、熊本地震の広域支援を決め、何と5時から病院に来て、医療支援物資を積み込む作業をこなし、ご講演予定であった救急科部長 小林医師は、現地に向かわれたとのこと。医師のスライドを使い、伊藤MSWが講演をしてくださるという緊迫した状況の中での研修会でした。研修メニューも、「心のケア」についての講演をたっぷり時間をかけて下さったり、演習をグループワークに切り替え、被災した当時のMSWの仕事の様子を話していただくなど、深まりのある内容に、MSWとしての共感や、災害への予防対策、心構えの必要を強く感じることができました。
 今回の災害時ソーシャルワーク研修参加は、2011年12月に宮城県ソーシャルワーカー協会の協力で被災間もない仙台、石巻、南三陸を廻ってから、毎年年末近くに現地の問題を宮城県のMSWと共に学び、交流して来て、5回目となります。宮城県協会も震災当時は他県の学生だったという新人ワーカーや、都協会も被災地へは初めてという方も多く、ともにしなやかな感性で当日のMSWの動きや辛かった体験談を驚きをもって聞いていました。そして今まさに、熊本のMSWが直面しているであろう危機や自分だったら、なにも動けないのではないか…との不安に動悸を覚えるとの言葉も聞かれました。
 予定では、パネリストの経験されたことを聞いた後「HUG-避難所運営ゲーム」の演習だったのですが、指導する医師やMSWが今朝の第1陣出発で体制が取れず、代わりに、現在の仙台・石巻市などの問題となっている被災による影響や課題などを参加された宮城のMSWから詳しく聞く時間をとることができました。
 2日目は、あいにくの強風と雨。用意してくださった小型観光バスで、寂し気な旧北上川を遡り、山側から女川町に向かいました。仮設「きぼうのかね商店街」は、民家も無く住む人もいない狭い高台に、銀行や郵便局、小さな店舗が肩を寄せ合って営業を開始し、ボランティアの開催するイベントや、見学者の立ち寄りで女川復興の足掛かりになってきました。まずは、コミュニティスペースで、女川市観光協会の沢辺和子さんから、被災前の女川と、当日の見るに辛い津波の映像、引いた後の街の惨状、刻々の復旧工事、そして石巻線再開と新しい駅舎とこれからの女川について、映像をたくさんにお話しを聞きました。私も初めての女川のその日の映像は、これまで多数見た他の地域のもの以上にすさまじく、その場に居らした沢辺さんの説明に、胸が震えました。きっと助からずにいたと思われていたと、その日の家族の思いを沢辺さんが聞いたのは、この訪問の、ほんの2日前のこと!と、まだ一人一人の5年前の様々な出来事や思いは、過去のことにはなっていない、終わってはいないことをあらためて知り、涙が込み上げました。「新しく生まれ変わった女川」を見てください!と、かさ上げし造成中の商業地を抜け、次に案内されたのは、真新しい駅舎と海に続くプロムナード。風が強く、歩きまわれなかったのが残念でしたが、特定非営利活動法人きらら女川が経営するお店で女川カレーを食べ「就労継続支援B型事業所きらら女川」製造の「さんまパン」「なまこパン」「わかめパン」を買いました。味と形は…直接行って体験して下さい!女川観光協会のお店では、「女川一中生の句 あの日から」「16歳の語り部」の2冊の本を購入。「女川町まちなか交流館」では、「ママパラ」(ママたちのバザー&ワークショップ)を開催中、キラキラ・ワクワク・ニコニコの近隣の親子の笑い顔が見られました。他にも、駅舎2Fの温泉「ゆぽっぽ」、震災遺跡など、天気が良ければ廻りたかったのですが…。今回は、女川原発や16mを超える津波に1階まで浸水した女川町立病院にも皆さんを連れて行けませんでしたし「まだ、食事のできるお店が無い!」という被災の年に女川に行く度に飛び込んだ魚屋さんの海鮮丼、巨大穴子天丼の店にもいけませんでしたが、確かに女川は、また行きたい街、復興を見たい、希望の見える街に生まれ変わっていました。
 帰路、石巻渡波地区、漁港地域、日和大橋から門脇小学校を経由し、巨大な開成仮設団地、診療所、石巻専修大学を見ながら再度石巻日赤へ。まだ残る懐かしいプレハブ棟会議室で、発災時にMSWが何ができるか、どんな役割を担当するか、どのような備えが必要かなど、当時の病院の記録にも登場するMSWさんに聞くことができました。お願いして来ていただいた日本医療社会福祉協会現地担当者3人にも、今の抱えている仕事、これからも必要な「MSWでなければ出来なかったこと」など、変わっていく状況の中での、地域のニーズ、福祉の視点、支援の形など聞くことができました。
 参加者それぞれが、自分の持ち場で、自分の街で、自分の家族と、どのような今日を持つ必要があるのか、を深く考える2日間になったことと思います。
 またまた、女川、石巻のガイドブックほか、ネットでも手に入らない情報を一杯カバンと頭に詰め込んできました。先に報告した子どもたちの声も、報告したい元気がもらえる話や資料もあります。お聞きになりたい方は、毎月開催の「災害支援委員会」にご参加ください。参加者が熱く語ります。

武山ゆかり(豊島区医師会)

〈2人目〉
 シンポジウムでは、「災害時SWに求めるもの」というテーマで、転院について、移送手段を確保するのが大変だったこと、通信手段がないため実際に他の病院に出向いて転院相談をしたということを知りました。宮城県のSWの方々との意見交換の中では、患者や家族への対応だけでなく、病院に避難してくる人たちへの対応もしたということを知りました。災害時にSWがどのような役割ができるか、病院という公共性の高い機関で地域に対してどのような役割ができるか、改めて、所属機関で考えていく必要があると思いました。
 石巻も女川も、海も川も本当にすぐそこにありました。被害が及ばなかった高台と、そうでない場所と。復興が進んでいる地域とそうでない地域と。被害の状況も復興の状況も、地域によって違うということがわかりました。都協会の研修には時々参加していますが、被災地の訪問は初めてでした。実際に町の様子を見て、宮城県のSWの方々や他の参加者と意見交換ができて、また研修以外の企画にも参加したいと思いましたし、福島にも行ってみたいと思いました。
三村さやか(東大和療育センター)

〈3人目〉
 5年を経て初めて被災地を訪問しました。私の目的は2つ、「自分で行って見る、感じる。」こと、災害時のソーシャルワーカーの役割について学ぶことでした。
 女川駅や周辺のお店はおしゃれに建て替えられ、観光客がたくさん訪れていました。住まいは高台に移転、景観を変えるような堤防は作らないなど女川独自のコンセプトにより、若者が中心になり進められているとのこと、「復興のトップランナー」という言葉も聞かれました。語り部の話やビデオの風景がここにあったことが想像できないという思いと、でもやはりこんなに海が近いんだ、という実感。私は千葉県の海沿いの街に育ちましたが、海と街の距離が全く違うと思いました。海との関係、原発のこと(今回は原発のことに触れる機会がありませんでしたが)など新しい生活の再建には様々な思いがあるだろうと想像しました。復興が進み、生活が変わっていくことで起こる課題、格差の問題などソーシャルワーカーの支援がまだまだ必要である、という現地チームの方のお話を実感とともに聞くことができました。
 初日のセミナーでは、宮城県のソーシャルワーカーと共に学びました。非常事態時に平時のつながりが生かされることや、災害の影響が数年後に現れることもある、などが印象に残っています。
 直前に熊本で大きな地震が起こりそのことを気にしながらの2日間でしたが、宮城県協会の方々、他の参加メンバーの姿勢からも得るものが多く、「災害」と向き合う私の最初の一歩になりました。ありがとうございました。
関田亜紀子(東大和療育センター)

〈4人目〉
 震災後の宮城県には初めて行きました。私は東北の大学に通っていました。震災により友人が被害にあったことを聞いており、いつか被災地に行き、何か支援をしたいと思っていました。しかし、普段の業務や一歩気持ちが踏み出せずに今まで被災地に行くことは出来ませんでした。最近では徐々に東日本大震災のニュースも少なくなり被災地を訪問するタイミングを逃したのかと思っていたところ、「宮城県訪問」の研修案内を見て、今しかないと思い参加を決意しました。参加をして感じたことは、充実感と不安です。
 被災地に行き充実したという表現は正しいのか分かりません。現地での情報はどれも心に響くことばかりでした。研修に参加し、情報を受け止めることに必死になりながらも災害時のMSW役割を学ぶことができました。
 石巻赤十字病院で行われた災害時ソーシャルワーク研修では、神戸赤十字病院心療内科部長村上先生に「災害における被災者・遺族・救援者への全人的ケア」について講演を行っていただきました。村上先生は講演の中で「災害支援におけるMSWの役割は長期的支援となる。被災者に対するケア、ネットワークづくり、また啓発・研修活動にはMSWが専門性を発揮できるのではないか」と仰っていました。私は今まで、災害時にMSWとしての専門性を活かした役割とは何かと答えを見つけられずにいました。しかし、村上先生の講演を聞く中で、疑問に対して今後学ぶべきものが見えた気がします。  
 その後シンポジウムがあり、現地のMSWの方に震災時の業務、役割を教えていただきました。「災害時にMSWに求められるものは【患家の情報聴取】【転院のための介護タクシー確保】【平常時のネットワークを活かした病院選定】である。そのためには平時業務でのネットワークづくり、地域へのソーシャルワーク実践が重要である」と聞き、平時の業務で災害時のことまで考えて業務を行っていたか…というとそうではなかったので、改めて気持ちが引き締まりました。
 また、津波被害が大きかった女川を訪問しました。希望の鐘商店街で語り部の方からパワーポイントや映像を使いながら当時の被害の様子、復興の状況を伺いました。東日本大震災から約5年経過し、語り部の方は何十回、何百回も同じような話をされてきたのだと思いますが、私たちにお話して頂いたときも涙を堪えながら語る姿を目にし、震災は人の心にどれほどの傷を与えたのだろうか…と災害の怖さを感じました。
 今回の研修では、感想では書ききれない様々なことを経験でき、勉強ができました。しかし、同時に不安な気持ちにもなりました。今、自分のいる地域で東日本大震災と同じような災害が発生したらどうするか、自分はしっかり正しい行動ができるのかとても不安です。災害は待ってくれないため自分の成長が急務です。今回の宮城県訪問で学んだことを「良い勉強だった」で終わらすのではなく、必ず自らの平時の業務に活かし、今後も災害支援について学んでいきたいと思います。
清水 雄貴(竹川病院)

〈5人目〉
 この度、初めて宮城県石巻市・女川町を訪問させていただきました。
今まで、災害時にMSWができることは何なのか、分からぬままにしていました。しかし、村上先生の全人的ケアのご講演、そして石巻市周辺のMSWの皆さま、日本協会として現地で活動されているSWの皆さまのお話しをお聞きし、初めて災害時のソーシャルワークについて、真剣に考えることが出来ましたし、いまの自分ができることが見えてきました。
 平時のソーシャルワーク力を高めていくこと、災害時に備えた部署及び院内の訓練と準備、災害時に臨機応援に対応できる力(まずは病院職員としてできることに取り組み、見えてきた課題に対してMSWとして取り組んでいく)の3つが必要だと強く感じました。また、院内外を問わない、日ごろからの人と人との繋がりが、未曾有の災害時に、大きな力になることを知りました。そして、災害時にはより「地域性」を踏まえた取り組みが必要になると思いました。そのためには、やはり日ごろからの「繋がり」を大事にすることと、自分の関わる地域の特性や住人の層や価値観を知っておくことは大切なことだと考えます。
 いつ、どこで、どの時間帯に起きるかわからない災害に対して、いざという時に、MSWとして病院・地域に貢献できるよう、平時のソーシャルワークと丁寧に向き合い、確実にスキルアップしていきたいと思いました。
 2日間にわたり、休日にも関わらず、研修にご協力くださった宮城県協会の皆さまをはじめ、宮城県の皆さまに感謝申し上げます。ありがとうございました。
深瀬 真希(西東京中央総合病院)

最後に、3月の福島訪問も併せて参加された方の感想を掲載致します。
都協会福島と宮城(石巻・女川)訪問ツアーに参加して
中尾 好子(東京カリタスの家)
1.初めに
 東京都医療社会事業協会主催の福島訪問ツアー(2016.3.12~13)への参加は、2回目。宮城訪問(2016.8.16~17)は、4回目になりました。
 2011.3.11は、私にとっても大変な日でした。あの日は、会議が続く金曜日で、大きな揺れの為、会議を2回も中断して外に逃れたり、帰路も交通機関の不通の為に苦労しました。
 しかし、その後の報道によって知った『東日本大震災』の惨劇は、命の危険を伴わない体験に留まった私にとって、想像を絶するものでした。
 所属する仕事場や、教会のグループを通しての細やかな支援をしていましたが、現地で暮らす=生活されている方々のことが、気になっていました。
 そのような経過があり、都協会からの訪問ツアーへの呼びかけは、大変有難いお誘いでした。
毎回、テーマが用意され、関心を持って参加させていただきましたが、近々2回の感想を述べさせていただきます。
 その前に、毎回準備の段階から終了まで、きめ細かいお世話をして下さる加藤委員長様始め、お世話して下さっている皆さまに、心から感謝申し上げます。

2.福島訪問
 今回初日は、到着後すぐ、福島県北部(=県北)で働いている6職種(医療・保健・福祉)の方々が主催する大会に参加し、終了後は居酒屋で、8人テーブルを10位、横ならべにしての大交流会に参加しました。集合写真の合言葉が“いかにんじん”は、メニューにありませんでしたが、福島の正月料理には、欠かせないものだそうです。
 大会が実によく準備されていたことを感じました。
 前半の事例報告、後半のシンポジウムの司会はベテラン、報告や、シンポジストは中堅層の方々が担われていていました。
中でも、仮設住宅に住み、被災住民であり、かつ支援員として働く方々が、より良いサポートが出来るように、他職種が研修を行うという連携が心に残りました。
 2日目、大会で中心的な働きをされてきた、福島赤十字病院の菅野様が、レンタカーの運転をして下さいました。車中、東京組は、参加動機など自己紹介をし、菅野様たちからは、あらためて、県北の方々の取り組みの経過や、県北と県南の交流・連携が中々行えて来れなかったことなどのお話を伺いました。
 南相馬市に着いて、昼食後、鹿島厚生病院の和知様から、ご自身と病院の被災状況と復興について、スライドとお話を通して、教えていただきました。体験者ならではの重みのあるお話でした。
 地震・津波・原発という3重苦を負っている福島の厳しさを改めて感じるツアーでした。

3.宮城県石巻・女川訪問
 初日、中尾は私用の為、遅れて仙台に着きました。往復の切符もホテルも、2日目朝、石巻に向かうための手配も、全て、加藤様が準備して下さいました。待ち合せの場所には、宮城県協会会長で、仙台市立病院の畠山様と同僚の澤井様がマイカーで、お迎えに来て下さり、快適な車内へ。途中、お子様が、熊本の地震の影響か、久しぶりに夜尿が始まったというお話も心に残りました。
 石巻赤十字病院に着き、先発組と合流して、レンタカーで女川に向かいました。途上激しい雨が降り出した為、スケジュールが変更され、観光協会の女性職員の方によるスライドとご自身の体験を伺いました。
津波から逃れる為、車で高台に向かって助かったものの、石巻に住む家族と出会えたのは、4日目だったというエピソードを語られた時には、涙ぐんでおられました。
 スライドは、惨状だけでなく、若者を中心とした復興計画が写し出され、“単なる復興ではない。美しい海辺と豊かな滋養に満ちた海と共に生き直す、生まれ変わる”意気込みが感じられました。
 昼食と買物の為の自由時間は、観光協会での買物と販売図書への関心で手間取り、海の幸を食べ損ないました。
 赤十字病院に戻っての分かち合いでは、女川のように前に歩みだす所もあれば、合併して広いエリアになった石巻のようにまだこれから、の地域がある。
 復興住宅に移った為、空いた仮設住宅に、日本協会からの現地職員の住宅として使えるよう、交渉中とのお話も伺いました。

4.その他食べ物に関して
 以前のツアーなどでは、道の駅に立ち寄ることがあり、その地域で採れた物を買う楽しみがありました。が最近は、その機会がないので、駅の地下のスーパーで野菜など購入して帰ることにしています。
 福島では、残念ながら、福島産の野菜は殆ど無く、“いかにんじん”を買いました。松前漬けに似ています。各家庭で味が違う正月料理だそうですが、とてもおいしかった第1回の農家民宿「いちばん星}なら、どのような正月料理になるのかしら、と思いを馳せました。
 女川の観光協会では、2種類の食物を買いました。一つは女川産の瓶詰のそぼろ(さんまと銀鮭)。もう一つは、やはり、女川産のかりんとう(ずんだ・わかめ・さんま)。豆乳が入っていることもあり、健康的で、かつ美味で、お土産として好評でした。
 次回行く機会があれば、また買いたいと思っています。
 仙台駅の地下のス-パーでの野菜売り場は、とても豊かでした。グリーンアスパラ・生シイタケを買い、帰宅後調理して食べましたが、予想通り美味しかったです。

 

[] 県外避難された方々の住宅問題について

 以前、つたえる33号にて(2015年6月15日発行)、東日本大震災及び福島第一原発事故により県外避難された方々の住宅問題についての記事を掲載しました。
 あれから一年以上、経過しましたが、避難されている方々にとって、「安心して継続して暮らしてゆくための権利」が守られていない状況が続いており、多くの避難生活を送られている方々が疲弊している状況です。来年の3月以降は更に最悪の状況を招きかねない現状です。
 ※1年間の一連の動きや現状に関しては、改めて報告させて頂きます。
当協会では毎年、東京都庁にて、都への要望を各政党団体に対しての直接交渉をおこなっており、今年度は9月9日(火)に実施します。
 今回の要望の一つとして、「広域支援避難者の総合的支援の継続」を挙げています。当日は医療ソーシャルワーカーの視点から訴えかけてゆきます。

 

 「つたえる」では、会員の皆様からのご意見を募集しております。震災と、その支援に関しての意見や想い、伝えたいことなど、是非お寄せして頂ければ幸いです。字数など、特に細かい制限はございません。
 掲載希望の方は、都協会事務局にご連絡の程、よろしくお願い致します。
 過去のバックナンバーは当協会のホームページにて閲覧可能です。
 http://www.tokyo-msw.com/top_links/shinsai/tsutaeru/saigai_news.htm

発行 一般社団法人 東京都医療社会事業協会 災害支援対策委員会
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